ドイツ・ベルリン1人旅(前半)
歴史の名所を気ままに歩く
2025年10月半ば。ロンドンから飛行機で数時間。
以前からずっと訪れたいと思っていたドイツ・ベルリンに行ってきました。

実はね、うさこ史上初の純粋な1人旅だったの。
ベルリンは、道は広く、緑が多く、視界が開けていて、思っていた以上に歩きやすく落ち着いた街でした。私は英語オンリーの会話でしたが、特に困ることなく行動できて、1人で安心して歩ける心地良い時間を過ごす事ができました。
今回のブログ(前半)では、ベルリンを象徴する記念塔や建築を中心に、街の輪郭をなぞるように散策した記録をまとめてみます。

ドイツは飛行機のトランジットでしか、まだ行ったことないね。どんな感じだったか教えてけろ。


勝利の記念塔
まず始めに訪れたのは、ティーアガルテンの中心に立つ、金色の女神(ビクトリア)像が目印の勝利の記念塔です。

ティーアガルテンは、ベルリン中心部に広がる巨大な都市公園です。かつては王家の狩猟場だった場所ですが、今では記念塔や歴史的建築を抱え込みながら、市民の日常の散歩道として静かに使われています。


勝利の記念塔は、19世紀後半、プロイセン王国が戦争に勝利したことを記念して建てられたもので、もともとは別の場所にありましたが、ナチス時代の都市計画で現在地に移されたそうです。
今では政治的な意味合いは薄れ、公園の中のランドマークとして、のびやかな景色に溶け込んでいます。
ビスマルク像
ティーアガルテンを歩いていると現れるのが、ビスマルク像です。ビスマルクは、19世紀にドイツ統一を成し遂げた宰相で、ドイツ史において非常に重要な人物です。

ドイツの英雄像ではありますが、訪れていた人はまばらで、あまり観光地化されすぎていないところが好印象でした。
ベルリン大統領官邸(シュロス・ベルビュー)
続けてティーアガルテンを歩いていると現れるのが、白い外観が印象的なシュロス・ベルビューと呼ばれる現在のドイツ連邦大統領の公邸です。
当然こんにちでは厳重警備下にありますが、元は18世紀に王族の宮殿として建てられたものです。

広い芝生と控えめな建物の佇まいが特徴的。

皇帝の隣を流れる川も静かで、開放的な雰囲気です。遠くに、ベルリンのシンボルであるテレビ塔が見えます。
ブランデンブルク門
ベルリンを象徴する建築といえば、やはりブランデンブルク門ですね!
こちらは18世紀に建てられ、古代ギリシャの神殿を模した新古典主義建築となっています。
ブランデンブルク門の上に立つのは、四頭立て馬車「クアドリガ」です。
もともとは平和の女神を乗せた像でしたが、1806年にナポレオンがベルリンを占拠した際に一度パリに持ち去られ、後にベルリンに取り戻される過程で勝利の象徴へと意味を変えてきたそうです。

さらに、冷戦時代には、東西ベルリンを分断する壁のすぐそばに立ち、自由に通ることのできない境界の象徴でした。一方、現在は、統一後のドイツを表す存在として、誰もが自由に行き交う場所になっています。
私の短いベルリン滞在中にも、デモや集会が行われている様子があったので、市民が自由な発言をできる場所として使われているようです。
ヨーロッパ・ユダヤ人犠牲者記念碑
そして、とても私の心に残ったのが街の中心部に広がるホロコースト記念碑です。
高さも間隔も異なる黒いコンクリートブロックが一帯に立ち並んでいて、誰でも自由にブロックの間を歩くことができます。入り込んですぐは腰までくらいの高さしかないブロックは、歩みを進めるといつの間にか身長を超えてしまい、見上げる空を覆う高さになります。
言葉で表現し尽くせない不気味さと恐怖を感じます。

またこの記念碑の下にはヨーロッパにおいてホロコーストの犠牲になった人々の記念館(Memorial of the Murdered Jews of Europe)があり、犠牲者1人ひとりの記録や、手紙など当時の資料が丁寧に展示されています。

忘れてはならない事実を静かに伝える構成が印象的でした。
ベルリンの第一印象
ベルリン1人旅の前半は、名所を巡りながら街の土台を知る時間でした。
記念塔や門、宮殿や記念碑は、いずれも深い歴史を背負っていますが、特別扱いされすぎることなく、街の風景の一部として存在している様子が印象的でした。

歴史の上を普通に歩いている感覚で、ベルリンの一部を堪能することができました。
私の1人旅後半では、より街の中心部を訪れます!

